2021年09月11日

【時期逃しましたけど】オリンピック・パラリンピックを造形的な視点で見る

3年生の部活も終わり、オリ・パラも終わり、さあ一息つくか・・・という時期ですが、学校祭がやってきます。
コロナ禍がここまで長引くとは・・・お恥ずかしい話ですが思っていませんでした。
昨年よりもひどくなっている状況で、先が見えない苦しさがあります。
田舎の秋田でも感染が広がり、夏休み明け若者の感染者が増えている状況です。皆さん、お気をつけください。


色々と発信したいと思っているのですが、どうにも三日坊主な性格でコンスタントにアップできていません。
部活が当面自粛になったので、ここで少しずつ過去の実践等をアップしていきます。
今回は、私の所属する「美術による学び研究会」のメールマガジンで配信している記事を転載します。

「オリンピック・パラリンピックを造形的な視点で見る」
オリンピックの開催に向けた報道が連日のようにされています。コロナ禍で限定された視点でしか見ていないオリンピック。造形的な視点からオリンピックを見てみるとどんなことが見えてくるのか。今回は、聖火トーチをお借りして鑑賞したことを紹介いたします。

「オリンピックと美術」鑑賞授業のきっかけ
 開催まで1ヶ月を切ったオリンピックですが、開催に関しては様々な意見があると思います。ワクチン摂取もまだ思うように進まない中、未だに新規感染者が高止まりしている状況が続いています。海外選手や関係者の水際対策をどうするかなど、開催に向けた感染対策について連日報道されています。本校の生徒にオリンピックの開催についてどう考えるか聞くと、多くの生徒が感染拡大の恐れがあるため開催すべきではないと答えました。驚いたことは、多くの生徒がオリンピックに対して興味がないというのです。エンブレム問題(1) やお金の問題、度重なる失言など、世間を騒がせるのはどうしてもマイナス要素のものばかりです。こうした報道に期待感がもてなくなったのか、またはコロナ禍で自分の意見が言いにくいのか、本当のところは定かではないです。人命より優先するものはありません。開催することによりさらなる感染拡大につながり、医療体制の逼迫など大きなリスクを負うことになるかもしれません。連日の報道を耳にしている生徒はそのようなことにも敏感になってか、オリンピックそのものをネガティブに捉えている感じを受けました。
 聖火リレーが大仙市を通った際、私はトーチの美しい形状に目を惹かれ、何気なくネットで調べてみました。それは吉岡徳仁氏のデザインであり、そこに込められた想いを知るとともに、使われた素材は、東日本大震災の被災者の方々が暮らした仮設住宅のアルミ廃材だということを初めて知りました。このとき、子どもたちがオリンピックに対してネガティブなイメージをもったままオリンピックを終わらせてはいけないと思いました。この授業を行った理由は、オリンピック開催の可否は置いておき、オリンピックに関わる人々とデザインに込められた想いに焦点を当てるためです。コロナ禍で限定的な見方しかできなくなっている今、美術科として多様なものの見方や造形が人に与える影響など伝えるべきことをしっかりと目の前の子どもたちに伝え、共に考えてみようと思いました。
聖火ランナーを務めた本校の保護者にお願いして、聖火トーチをお借りし、急遽全学年を対象に鑑賞の授業を行いましたので、その記録と感じたことをここに記します。
オリンピックと美術との関わり
 今回は独立した鑑賞の授業で、メインの鑑賞は聖火リレートーチです。ですが、他にも映像やエンブレム、メダルや表彰台などのリサイクルについて考えてもらいたいこと、知ってもらいたいことはたくさんありましたが、盛り込みすぎると消化不良になる恐れや、教師の一方的な押し付けになる可能性もありましたので、4つに分けて鑑賞することにしました。

(1)映像メディアとの関わり
授業の導入として、亀倉雄策氏の作成した1964東京オリンピックのポスターを見せました。今から57年も前のものです。今の時代に見ても多くの生徒が「古い感じだけどかっこいい」という反応でした。「人種問題やその他の差別に対するメッセージが込められている」という見方をする生徒もいました。1964東京オリンピックのエンブレムやポスターを鑑賞した後に、リオデジャネイロオリンピックの閉会式に流れた動画 (2)を鑑賞しました。日本という国をより強く印象付けようとする黒い背景に選手と赤い日の丸で構成された映像。日本といえば、アニメでありゲーム、ブラジルでも大人気のキャプテン翼がボールを蹴るシーンやドラえもんやスーパーマリオなど世界的にも認知度の高いキャラクターが映像に花を添えました。当時の日本の首相がスーパーマリオに変身し、ドラえもんが用意した土管に入り、地球の裏側リオデジャネイロの閉会式会場まで一気に移動するというユーモアある演出でした。中でも印象的だったのは、動画中盤、様々な競技の選手がスタートラインに一斉に並ぶような場面です。

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「東京1964オリンピックのポスター」亀倉 雄策氏 制作

1964東京オリンピックの亀倉雄策氏のポスターのような構図で表現されたシーンだと気づかされます。数名の生徒が「あ!」と声をあげました。亀倉氏のポスターと動画のシーンを比較すると一目瞭然です。亀倉氏へのオマージュであり、2020東京オリンピックの3つのコンセプトのうちの一つ、「未来への継承」にも関連する映像作品だと思いました。

(2)エンブレムとの関わり

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「東京2020オリンピック・パラリンピックエンブレム」 野老 朝雄氏 制作


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「東京2020オリンピック・パラリンピックエンブレム」を並べて制作する活動。写真は授業外、教室の外に置いてエンブレムを自由に配置でききるようにしていた。

はじめは個人で考えさせましたが、思うように意見は出ませんでした。TVのCM等ではほぼ毎日のように見るマークですが、どんな想いが込められているかは分からなかったようです。次にグループで意見交換させると考えが一気に広がりました。図(3) だけ見ていてもよくわからない時は、つくってみることで理解が進むこともあります。個人のウェブサイト(4) からダウンロードしたエンブレムのパーツを並べ替えてみる活動を入れると、「四角の数が同じだが並べ替えるとパラリンピックのマークになること、そのことに意味がある。」という意見が出たり、オリンピックという4年に一度の大会であること、世界中からアスリートが集まることなど、四角の印象やイメージ、見立てなどについて様々な話が出てきました。さらに、同じ数で組み換えられること、それは平等という意味にもとれることなど、コンセプトムービーで説明されていることが生徒の口からどんどん出てきました。鑑賞後は野老氏のインタビュー記事(5) を読み、より深い学びにつなげました。数学者から見たエンブレムの話も興味を持っていました。

(3)聖火トーチとの関わり
今回の鑑賞授業のメインでもある、トーチの鑑賞です。はじめは大型モニターに映したトーチを見て話をしました。桜の形状から、桜の意味や桜に関係する事柄について対話を重ねていきました。なぜ桜なのか、「桜は日本人の心」、「日本の象徴」などの言葉は出てきましたがそこから先は思うように言葉はできませんでしたので、現在聖火リレーはどこを走っているかライブ中継をみんなで見ることにしました。走っていた場所は、岩手県雫石町。その日の夕方には沿岸の被災地へと繋がっていく予定でした。そして、借りていた実際のトーチを出してみると、「お〜!」という驚きと感動の声が。一人ずつ持ってみて重さや材質を確かめました。聖火リレーのスタートは福島県から、そして全国を周り終盤は東北の被災地を回っていること、さらには自分の手で持ってみたことなどから、鑑賞を続けました。「5つの花びらで五輪を表している」、桜が咲く時期から考えた生徒は「桜前線のようにオリンピックへの思いが徐々に広がっていく感じ」、「被災者の思いが全国や世界に広まっていく感じ」など、私の予想を上回る考えを出してくれました。

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 最後に、吉岡徳仁氏のインタビュー記事(6) をみんなで読みました。トーチの形をデザインすることに留まらず、聖火リレーのあるべき姿を作り出すためにトーチをデザインしていること。『東京2020オリンピック聖火リレーで用いるトーチは、日本人に最もなじみ深い花である桜をモチーフとしています。2021年3月、桜の季節の訪れとともに、オリンピック聖火は「Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。」という東京2020オリンピック聖火リレーのコンセプトと一体となり、日本全国を巡ります。素材の一部には、東日本大震災の復興仮設住宅の建築廃材が使用されています。人々の生活を見守ってきた仮設住宅が、平和のシンボルとしてオリンピックトーチに姿を変え、一歩ずつ復興に向けて進む被災地の姿を世界に伝えます。』(7) 聖火リレートーチができるまでの映像 (8)を見ると、吉岡氏のインタビューの言葉も相まって、心が揺さぶられるような感じでした。多くの生徒が思いを新たにした瞬間だったと思います。

(4)材料との関わり(SDGs)
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上の図は「東京2020×持続可能」(9) 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が作成した、「大会の持続可能性」に関する資料です。大会のコンセプトにもあるように、「未来への継承」ということで様々な面で環境に配慮した取組がなされています。先に紹介したトーチもリサイクルです。報道等でもご存知の方も多いと思いますが、今大会のメダルも都市鉱山から作るというプロジェクトでした。式典の衣装も、上位選手が立つ表彰台もリサイクルです。授業の最後に、これらのプロジェクトに関する映像を流して感想を書く時間としました。
 携帯電話の中の金属からメダルが作られることへの驚き、様々な化学変化を経て美しいメダルに変わること、都内の小学校で集められたプラごみが日本の技術で素材へと変わり、3Dプリンターで表彰台が作られることなど、これまで知らなかったオリンピックの裏側を垣間見て、一様に驚いていました。
以下、生徒の感想です。
『コロナが広まることしか考えていなかった自分の考えがあまりに狭いものだと感じました。一つのものに対して、たくさんの想いが込められていて、自分でも想像できなかったことが表されていて面白かったです。コンセプトを意識しながらも、ここまで幅広く表現されているのは、見ている人の視覚、思考を虜にできるものなのだと思いました。ただ、「もの」を見て捉えるだけでなく、そこに至るまでの「過程」を感じることによって、それらに対する気持ちが変わり、感謝の気持ちも湧いてくるのではないかと思っいました。「個・群・律」という考えは自分たち、いやこれからの「未来の継承」のために必要だと思いました。』
『今回の授業を通して、絵だけでなくオリンピックというスポーツの祭典にも美術があることが分かりました。デザインへの想いを聞くと、オリンピックに合った想いだとな感じました。オリンピックはただスポーツをして全力で戦ったり応援するものだと思っていたけど、一人一人、みんな違うけど、一丸となって支え合う場所でもあったり、みんな平等ということを改めて知る場所でもあるんだと、見方が変わりました。これからはデザインへの想いやそのデザインにした理由なども考えたり知ったりしてみたいです。また色々な見方をして物事を見てみたいと思いました。オリンピックにたくさんの方々が関わっていることも忘れず見たいです。(オリンピックだけでなく、様々なことも)』
『これまでオリンピックについてあまり関心を持ったことはありませんでしたが、今回の授業で触れることができました。エンブレムやトーチのデザインは本当に時間をかけて、ただ美しいからという理由ではなく、社会への希望や願いを込めていました。メダルやトーチなど、オリンピックに関わるものは持続可能な社会を目指して全てリサイクルで作られていました。スポーツとは、ただ楽しむだけのものだと思っていましたが、それは違いました。スポーツを通して人と人が、国と国がつながり、地球全体で一体になると思いました。たくさんの人の想いや願いをのせているオリンピックは、最初はコロナの関係でやらない方がいいと思っていましたが、ぜひ、この想いは世界中に発信してほしいと思います。』
 たくさん紹介したいのですが、あとは抜粋で。
『コロナ感染があるから開催に大賛成ではないけど、このオリンピックに対する日本の考えや過程はもっと発信するべきだと感じた』『トーチを見るのと、持ってみるとの違いが大きく驚いた。何だろう、被災地の方々の思いとか、アルミ廃材という事実知ったからなのか、ずしっと重さを感じた』『オリンピックの表面しか見ていないで自分の考えを言ってたことを恥ずかしく思う。多分、こういうことがたくさんあるんじゃないかとも思った。立場を変えて見ること、分かっているようで、何もわかっていないことの恐ろしさを感じた授業だった』『学校の授業で感動したのは初めてです。』『ものの形だけデザインするのがデザイナーと思ってたけど、デザイナーの考えているスケールが凄すぎて自分もデザイナーになりたいと思ってしまった』『デザイナーが込めた想いを知るたびに、どんどん引き込まれる感覚だった。トーチは美しいのだけど、単なる美しさではない。そう思わせるところがデザインの面白さかもしれない』

おわりに

 全学年で鑑賞を行いましたが、それぞれの学年で現在行っている授業との関わりやポイントとなる考え方につなげることができたと思います。1年生に関しては、ロゴマークを色々調べて、そのマークに込められた想いや願いなどを考える授業の導入にもなりました。2年生では、この授業の後、木材を扱う授業を予定していました。これまでは、使用する木材がどこからくるのかなんて考えもしませんでしたが、地域の木材を使うこととし、林業に携わる方々にインタビューし、どのようにして材料になるかを見せてもらってから制作にはいろうと考えています。3年生は、デザインと社会の関係性についてより深めていければと考えています。
 先に紹介したエンブレムの鑑賞、トーチの鑑賞もそうでしたが、形や色彩から受ける印象やイメージというか、見立てる力というか、連想する力と言えばいいのか、うまく言葉にできませんが、そういう力が必要になる鑑賞でした。さらに、材料というものに注目したことで、鑑賞の幅が広がったと思います。子どもたちにとっては、材料としか見ていなかったものが、その材料に込められた思いや意味があること、材料自体が作品全体のコンセプトになるという見方や考え方を得ることができました。
子どもの感想にもありましたが、オリンピックの開催に関わらず、オリンピックに向けたこれまでの過程をもっと世界に発信してほしいと思います。スポーツや芸術を通して世界中の人々と楽しさや感動を共有できる日を心待ちにしています。

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田中 真二朗(たなか・しんじろう)
秋田県生まれ。秋田県大仙市立西仙北中学校教諭。
宮城教育大学大学院修了後,宮城県私立高校非常勤講師,秋田県内の公立中学校を経て,2013年4月より現職。生徒と地域をつなぐ実践に力を入れ、美術だけに囚われずにより広く「学び」を考えて日々実践中。
教育課程研究指定校(国立教育政策研究所,平成26年〜28年度指定)。2012年,博報賞受賞。近著に『中学校美術サポートBOOKS造形的な見方・考え方を働かせる中学校美術題材&授業プラン36 』(明治図書2019年)がある。


(1) 佐野氏の考案したエンブレムが公式エンブレムとして選出されたが、選出過程や応募作のオリジナリティの有無が物議を醸し、組織委員会がエンブレムの使用を中止した。
(2) N H Kのオリンピックのサイト  https://sports.nhk.or.jp/olympic/video/5c8c520075ec4990bee343448cf34e77/ 
(3) 引用 東京2020公式ホームページ https://note.com/takuma_0726/n/ncd8e0bb85b93
サイト内でエンブレムコンセプトムービーも見ることができます。
(4) 小学生でもできる!東京2020のエンブレムのつくりかた
 https://note.com/takuma_0726/n/ncd8e0bb85b93 
(5) パラサポWEB https://www.parasapo.tokyo/topics/22117 
(6) 吉岡徳仁ロングインタビュー「想いをかたちにするデザイン」 O P E N R S 2019年7月31日
 https://openers.jp/design/design_features/IB9E8 
(7) 引用 東京2020公式ホームページ 東京2020オリンピック聖火リレートーチ
https://olympics.com/tokyo-2020/ja/torch/about/brand-design-torch 
(8) 東京2020オリンピック 聖火リレートーチができるまで https://www.youtube.com/watch?v=WIVUKcEYm8g 
(9) 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が作成した大会の持続可能性に関わる資料
https://gtimg.tokyo2020.org/image/upload/production/xnfwjwetfcuvybjkcjfs.pdf 



発信したのは、7月4日とオリンピックの前でした。


最後まで読んでいただきありがとうございました!


では、また何かの実践をアップします。




posted by 田中真二朗 at 10:20| 秋田 🌁| Comment(0) | 美術の授業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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